books: 2008年11月アーカイブ

日本からの「見えないアメリカ」

 アメリカは不思議な国だ。経済や地域といった対立はあるものの、社会主義や全体主義などのイデオロギーに向かうことはない。しかも、新自由主義のもとで貧困にあえぐ労働者でさえ、自由主義の枠の中で闘うことを選ぶ。だがしかし、そのアメリカも一歩中に入ると決して一枚岩ではない。ヒトが二人いればイデオロギーの対立が生まれるように、自由主義しか選ばないアメリカにも保守とリベラルという二つの対立する立場があるのだ。自由主義しかない中での保守とリベラルとは何なのだろうか。
 それについて、ヒラリー陣営の本部スタッフとして選挙に参加した経験を持つ筆者は、アメリカにあるのは保守とリベラルという二項対立だけではないと指摘する。その影には、理念や論理を優先する「アカデミック」に対し、日々の暮らしや宗教観に流されがちな「土着」という対立が隠されており、アメリカの保守はアカデミック保守と土着保守とに、リベラルもアカデミックリベラルと土着リベラルとにそれぞれ細分化されるという。
 たとえば銃規制の問題を筆者は取り上げる。実はアメリカにおける銃は「自衛の権利」とは別に、ハンティングという伝統文化に根ざした文脈からも語られる。そのため、本来リベラルな民主党支持者がハンティングという暮らしに根付いた伝統文化を守るために銃を養護し、その一方で保守派である共和党支持者が動物愛護というアカデミックな視点から銃規制を求めるという現実に出会う。こうした傾向はスポットライトの当たりやすいシングルイシュー的な問題ほどに顕著化し、その背後に存在する複雑な対立の構図は長い影となって保守とリベラルとを分断すると分析する。そして、それは奴隷制や性差、戦争を巡る是非などさまざまな局面で起きているというのだ。
 本書は、保守とリベラルの対立が上手く機能する限り、自由主義一辺倒のアメリカを豊かな存在にするだろうと評価する。日本からは見えてこないアメリカの不思議を分かりやすく解き明かす現代のアメリカ見聞録だ。

この現実は5年後の日本でもある

 お金を稼ぐために何が必要かを考えると意外な答えにたどり着く。それがお金だ。これはパラドックスではない。チップを持たない者はポーカーゲームに参加できないのだ。しかし、現実には多くの貧困者がこのゲームに巻き込まれ、なけなしの金を失い、負債まで負わされているのが今のアメリカだ。
 筆者である堤未果は米国野村證券勤務中に9・11同時多発テロに遭遇。それを機にジャーナリストに転身。以来、アメリカの新自由主義政策に警笛を鳴らし続けている。本書ではさまざまなデータや現地アメリカ人の声を交えながら市場原理が弱者を切り捨てるアメリカの現状を告発している。
 本書が語るのは、チップを持たずにゲームに参加する方法とその結末だが、その一例としてサブプライムローンが紹介される。一般に住宅ローンの利子は低く、日本国内では4%を越えることはまずない。サブプライムローンも最初の数年こそ低いが、その後は10~15%にまで跳ね上がる。元金が高額になる住宅ローンでの10%の利子は、明らかに借り手の無知を前提にしている。まさに市場原理が生んだ貧困層から搾取する現代の錬金術であり、富裕層の財布を全く痛めずに市場に潤沢な資金を供給するシステムだ。そして、このサブプライムローンに次ぐ問題がアメリカの学資ローンだ。国の教育予算の削減によって大学の学費が高騰。彼らは社会に出た瞬間から多大な借金を抱えており、実にその39%の借金が返済不可能だというのだ。しかも、学資ローンは自己破産に陥っても本人が死ぬか障害者になるか、あるいは軍に入隊する以外に返済免除はない。つまり、アメリカの貧困者の教育は戦争という受け皿の上で成立している。
 本書では他にも福祉の削減が増やす貧困層の肥満や、弱者を食い物にする公共・医療サービスの民営化を伝えている。ポーカーゲームにはまだアメリカンドリームがあるが、現代アメリカという賭場には貧困を生み出すシステムしかないと本書は指摘する。

って、感じの本。

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