再読「1973年のピンボール」

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言わずと知れたハルキムラカミの第二作。ちなみに裏表紙には「青春三部作」の第二弾と紹介されているが、この「1973年の」が「青春三部作」の第二作であることを知る人は案外少ない。どうでも良いことであるが(笑)。
この物語はなかなか本題に入らない前置きの長い物語だ。酒を呑もうと誘われ、何があったのかなと思いつつ飲み始め、特にそれらしい話もないまま会計を済ませた店の軒先で立ち止まり、夜空に淡く浮かぶ雲にぼんやりと透ける月を見上げながら「俺さ、」と、ようやく本題に入れる僕の友人みたいな、そんな話だ。
人はあらかじめ決められた持ち時間をもっている、と思う。ハミガキのための持ち時間。朝ご飯のための持ち時間。幼年期のための持ち時間に人生のための持ち時間。どうだろう、多分あっている。そして、打ち明け話も、その多くが、持ち時間をあらかじめ想定されたうえで語られる。つまり開口一番に打ち明け話が始まれば、その打ち明け話はどうにかされることを望んでいるが、持ち時間のぎりぎり一杯に話し始められる打ち明け話はそれを拒んでいる、かのようにも思える。そこにあるがままにあることを希望しているかのようだ。まさしく打ち明けられるだけの話だ。
「1973年の」でも多くの人々が打ち明け話をする。「僕」はもちろん、共同経営者、事務を担当する女の子、鼠、ジェイ。配電盤を交換する工事の人でさえ朝食を食べながら打ち明け話をする。
まあ、小説なんて打ち明け話の集大成みたいなものだからさ、という話もあるが、それでもやはりハルキムラカミ的な特徴がこの物語にもあって、それが双子の存在だ。あと、女も。鼠と出会う女ですね、念のため。
ふと気付くと、双子と女が打ち明け話をしない。
なぜ彼らは打ち明け話をしないのか。いや、そうではない、なぜ小説の書き手は彼らの打ち明け話を綴らないのか? だ。
「これはピンボールについての小説である」
という一説が冒頭に、といってもしばらく読み進めたところに書かれている。そして確かにピンボールを巡る打ち明け話が書かれている。それ以外の人々の打ち明け話も。
しかし、双子と女についてはノーマークだ。
そんなわけで、「1973年の」とは、つまりあれだ、語られない物語に関しての物語だと思うわけだ。では、語られない物語とはなんであるか、それは、誰もが知っていて、超有名なこと。当たり前で言うまでもないこと。そしてどうにもならないこと。そんなところだろう。そんな語られない物語に対峙したときの振る舞いについて語ろうとしているのではないかとさえ思う。そのための装置が双子と女だと読めてしまうのだが、はて?
物語は双子の姉妹を見分ける方法について、その方法のいくつも知らないと「僕」が語るところから始まる。というか、ようやく本題が始まっている。それに対して双子は「だって全然違うじゃない」「まるで別人よ」と驚く。当然だ、彼女たちにとって二人は双子という関係ではなく、「私」と「あなた」であるからだ。「僕」からみると「208」「209」の二人も当事者に取っては「私」と「あなた」の関係になる。見分けるまでもないのだ。
それ以後も双子はあらかじめすべての出来事を知っていたかのように振る舞う。配電盤のありかを「有名よ」と言い当て、配電盤の話をしようと言う「僕」に向かって双子は「あなたには荷が重すぎたのよ」と諭す。
全知全能の神は打ち明け話をしないということだろうか。その一方で打ち明け話をしない双子に対する僕はといえば、そこ事を気にも留めない。どこから来て、どこへ帰るのか。なぜ知っているのか。何を知っているのか。そして、双子とは何か。
双子の存在は「僕」にとって福音だったのだろうか。
ここで鼠の事を語ろうと思う。この物語は「僕」の物語であるとともに「鼠」の物語でもあるのだ。忘れてはいけない。というか、正直、鼠のシーンは読み飛ばしがちなので語ることも少ないのだが、まあ、それはこちらの事情であるからまあいい。ともあれ、鼠だ。
打ち明け話をしない女を前に、鼠はあれこれと想像する。語られない打ち明け話は他方で想像力をかき立てる。悪魔はいつだって口が堅い。
打ち明け話を語らない双子と女、そして語らない相手を前に異なる反応を見せる「僕」と鼠。この二組の登場人物の物語にスパイスをきかせる第三の登場人物が女の子とジェイだろう。この第三の登場人物を3つめのフリッパーと捕らえている私の読み方はかなりうがっていると思うのだがどうだろうか。もちろんボールは打ち明け話だ。
そしてゲームは終わり、双子は元の場所に帰り、鼠は町を捨てる。
前置きの長い打ち明け話はなぜか失う方向に進みたがるように思えてならない。そしてそれに対峙する人は、というか、ハルキムラカミの世界の住人は、なぜに諦める方向に進みたがるのだろうか。かっこいいのか、それが?

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このページは、k-wataが2012年6月 9日 18:03に書いたブログ記事です。

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